忙中閑あり、閑中忙あり

2人の子どもは家庭をもって独立し、2人だけの生活を楽しむようになったF君夫妻は、過去の夫婦間の争いについてはお互い一切口に出さないことを約束して余生を楽しむことをとり決めた。

働くことが生き甲斐であった夫と家事育児に追われていた妻との、対話欠乏症も自然に修復された平穏無事の生活も、奥さんの突然死により7年で終止符を打った。

妻の死により生活者としてのノウハウをもたないF君は、長男夫婦、小学生の孫2人と3世代同居となり、生活は一変した。かつてはたまに訪れる孫のいたずらにも相好をくずしていたF君にとって、孫とのつき合いも楽しみではなく苦痛になる。「孫は来てよし帰ってよし」のせりふが懐かしくなる。妻が台所で使う包丁とまないたの音、掃除機の音、花木の剪定(せんてい)等の音が生活音であった静けさは、朝から破られる。

「早く起きなさい」「行儀よく食べなさい」「遅れるよ」「忘れものはないの」にはじまって、一方通行の注意と叱声が周囲の空気を張りつめる。できるだけ口出しをしないようにと自戒しながらも自然に生まれる苛立ちを押さえることができず、あげくに言いたくもない叱言を言わざるをえない。

「はい」と素直に返ればいいが、「はい、はいそうね」となれば本心で納得したわけではない。F君いわく「辛いのは食事である。せめて潤滑剤にはなる長男は仕事仕事で夕食をともにするのは土、日ぐらいである。嫁と孫、F君との間に共通の話題はなく、ただ場所を同じくしているだけで孤独をかみしめて飢えをしのいでいる思いである。そして自分の居場所はどこか、存在感はなにか、しみじみ考える日々である」と。

「F君元気を出しなさい。急速な時代の変化、君の身辺の急変にいかに対応するか逃げずに取り組みなさい。自分の存在感、居場所は自分でつくること。それにはたとえ親、子、孫であろうと、1人の人間として認めること。一方通行でなく文字通り対話をもつことで心の交流ができる。たとえ孫から悪口を言われても、悪口を言われる対象になっていると思えば存在感は味わえる。このようにモノの見方、考え方を変えることでとりあえず居場所はできると思うよ」