風薫る両国橋や勝ち角力(すもう)笠置山 初夏の新緑。

木々は萌えたつ生命力に満ちています。

若葉の贅沢(ぜいたく)なかおりをのせた風は薫風と呼ばれ、これは初夏をあらわす季語でもあります。 新緑と一口に言ってしまいがちですが、みどりの木々を見つめていると、そのなかにも濃いもの、鮮やかなもの、厚いもの、さまざまな個性を含んでいることがわかります。そしてまたその香りも、いろいろな成分から構成されているように思えます。

この時分、日本の大気には、ただの若葉ではない微妙な芳香が混じっている思いがします。香ばしくて、かすかに甘くて、ほどよい渋さとほろ苦さ…、そう、お茶のかおりです。

夏も近づく八十八夜、と歌われるように、八十八夜が終わるとすぐに立夏となります。八十八夜とは、立春から数えて八十八日目ということ。今年の立春は2月4日で立夏は5月6日。立春から数えると5月2日が今年の八十八夜となりますから、歌の文句どおり、やはりすぐに夏となるのですね。

八十八夜は季節変化の目安である雑節の一つです。立春や啓蟄(けいちつ)は、一年を二十四等分して、約15日ごとの季節変化を示した「二十四節気」というものの仲間。これを更に三つに分けて、5日ごとの変化をあらわしたのが「七十二候」です。これらは古い中国でつくられ、日本に輸入されたものです。八十八夜はそれらとは違い、日本において特に農耕の目安とするためにつくられた「雑節」です。この雑節には他に半夏生や土用などがあります。ちなみに二十四節気の「気」と七十二候の「候」をあわせて、自然の移りかわりをいいあらわした言葉、それが「気候」であること、ご存じでした?

さて、「八十八夜の別れ霜」といい、この日以降は霜が降る心配がないとされています。ですから農作業が最も盛んになる時期ともいえましょう。古くには苗代の籾蒔きを始めたり、霜よけの覆いを外したりする日とされましたが、現在でもそのしきたりを守っている農家も少なくないようです。

また、八十八歳の歳祝いを「米寿」と呼ぶように、八十八の文字を重ねますと「米」となります。それでこの日は稲作中心の農家においては特別 な意味を持った日でもあったのです。 この日に摘んだ新茶は味が良く上等なものとされ、またこの日にお茶を飲むと長生きするとされています。

このように聞くと、なにやら縁起担ぎのような気もしますが、実はそうではありません。冬を越えた新芽には、茶の生命力があふれんばかりに収められています。それを手で摘みとった一番茶には、二番茶以降の茶葉よりも多くのうまみと香りの成分が含まれているのです。

その特有の芳香を失わないためにも、茶のいれ方には細心の注意をはらいたいものです。

このような上等な茶葉は、決して熱湯でいれてはいけません。苦み成分のタンニンが多量 に出てしまい、苦みが勝ってしまいます。60度から80度の湯でいれましょう。たとえば沸騰した湯を湯飲みに注ぎ、少々おいたものを茶葉に入った急須に注ぐようにすると、だいたい70度前後になるようです。そして2分弱待ってから茶碗に注ぎます。新茶はその美しい緑色と、華やかな香り立ちを楽しむものですので、新茶用にもう少し凝ったいれかたもあります。それはまず、少量 のぬるめの湯を急須に注ぎ30秒ほど待ちます。ついで熱湯を注ぎ足します。それから1分ほど置いてから茶碗に移しますと、味のバランスのとれた新茶が楽しめるようです。

5月の薫る風の中へ、あなたがいれた茶の芳香を加えてみてはいかがでしょうか。